幼児教室PAL パル・クリエイション

   
ひとりごと

2007.4.27. Vol.56  ことば・・・コミュニケーション

 リトルのクラスで絵の具を使いました。初めて絵の具に触る子が殆どだったと思います。「何だろう・・」と,みんな興味津々。でも闇雲に手を出す子どもと,呆然と立ち尽くす子と、色々です。筆が紙に触るとサーッと色が着く。力をかけなくても,力強く主張する線が勝手に現れるのを不思議に思い,子どもはもっともっとと試していきます。クレヨンはもっと力をかけて描かないと,果敢ない線しか出てきません。絵の具はスムーズに描けて楽しいのです。床に敷いた紙に描き,壁に貼った紙に描き,果ては自分の手足まで塗り込めるエスカレート振り。

 でも、手の出せない子はいつまでも硬い顔をして動かない。筆先からぽたりと垂れた絵の具にビクッと反応する程どうしたら良いか解らない。動けない子たちは、何を考えているのだろう。中には手が汚れたりヌルヌルベタベタするのが性に合わない子もいるでしょう。その場合お母さんが綺麗好きで,食事の時も砂場でも二言目には「汚いからお手々拭きましょうね」を無意識に連発してきた場合と、「私無頓着で余り手を拭いてやったりしてこなかったのですが」という条件の子と二通りあり、後者はこれはもう気質というもので関わり合いから生まれたものでは無いのでしょうね。しかし前者の、お母さんの言葉に洗脳 (!) されて汚いのはいけないことだと思っている子は、本当は手が出せるはずの子どもたちです。おかあさんだってわざわざお子さんをパルまで連れて来て,絵の具遊びは汚いからやらせたくない等と思う方はまずおられないと思います。でも子どもは食事の場面や砂場の場面が絵の具遊びの場面とは違うのだということを理解出来ません。べたべたは駄目 ! とインプットされたら、どんな場合でも駄目なのです。ただ,ひとたび取りかかれば,楽しさを一度味わってしまえばその限りにあらズです。その取りかかる入り口をどうするか,そこがポイントです。「どうしてやらないの ?  みんなやっているじゃない」等と云っても効き目はありません。

 「見て見て ! 先生こんなお手々になったよ。いろんな色が着いた。模様の手袋みたい。」と云うように誘ってみると,子どもは

 「何 ? 汚れたんじゃなくて手袋だって ? 」と、少し見方を変えます。

 「あれ ! ООちゃん。足にも塗ってみたの ? どう ? 冷たかった ? くすぐったかった ? 靴下になったわね。あっ,ここはお池ですか ?  お水をいっぱい塗ってみたんだね。きっとお魚も喜んでると思うわ。」このように実況中継していくと,

手の出せなかった子どもたちも少しずつ遊びのモードにシフトしていきます。

「たくさん絵の具をしたら、みんなで手を洗おうね。石けんで手を洗うと手袋の手は元通りになるよ。」これは予測のつかない子どものケアとして、とても大切です。子どもは先行きについて説明してもらわなければ,手は染まったままでとれなくなるのでは,と思っているかもしれないのです。洗えば手は奇麗になると知ったら,絵の具に触れたいと思う子もいるはずです。

 ただ見守るだけでも先に進みません。強引に引っ張ればかえって引っ込んでしまいます。けれど子どもたちはもう言葉を理解しています。言葉が作るイメージを吹き込まれればちゃんと反応できるだけになっているのです。言葉の持つ力を上手に使えば,子どもに否定的な気持ちを抱かせること無く活動させることが出来ます。そして勿論これは造形活動に限ったことでないことは云うまでもありません。今までやったことの無いことが目の前に出てくるとつい尻込みしてしまう子には、まずその子が何を認識できていないかを察知してあげることです。大人なら当然思わないような意外な壁に阻まれているかもしれません。その「意外な壁」を ( 誤解を ) 子どもが納得できる易しい言葉で崩してあげるのが,大人の役目です。こうして言葉による解決に努めていくと,子どもは人の云うことに耳を貸そうと云う態度になっていきます。

 決して否定しない,強引に強制しない。相手が自分から取り組もうと思えるように精いっぱい工夫した声掛けをする。なんだかイソップ寓話に出てくる

「北風と太陽」の話みたいですね。

2007.4.23. Vol.55  興味

  今年のリトルは,とても造形的遊びが持ちかけやすい子どもたちです。去年の私のクラスもそうでした。と,いうことは、そうでないこともあるということです。2歳にして目の前に出て来たものに手出しをしない,興味を向けないというのは,どういうことかと考えます。

こどもがハイハイをしだした頃のことを思い出してみて下さい。目の前にあるものには何でも反応していましたよね。床のほこりまで指でつまみ上げて口に持っていこうとするのを慌てて止めた経験はありませんか。この興味の強さはどのくらいの期間持続するのでしょうか。また、興味を削ぐファクターは何なのでしょうか。本来何にでも手を出したい期間は、何も阻害するものが無ければかなり長い間続くと思います。そのうちもう少し大きくなると拡散的であった興味が集約されていって,何か一つのことに集中するようになったりするのでしょうが,少なくとも 2 ・ 3 歳児には目に映る多くのことが新鮮で「何、何 ? 」という心境なのだと思われます。それなのに興味を示さない子どもは何故そうなのでしょう。大概の場合 興味と裏腹の拒否反応が強かったりします。目の前に物を示されて,それを好き勝手に触ることをいさめられ,関わり方にいちいち制限をされると,子どもは警戒するでしょうね。勿論その子の性格というのも関係すると思います。内気な子どもは差し出されたものに対して拒否反応を示しているのではなく,その状況を構成している周りの大人や他の子どもたちに反応していたりします。けれどそうした子の場合,徐々に打ち解けていくと反対に取りつきが良くなったりするのですが,差し出されたもの自体につまらない思い出を持ってしまった子は興味を復活させることが中々に難しい。余程どの様に興味を削がれたかを知って理解する人が関わってくれないと,「興味の薄い子」で済まされてしまうでしょう。

さて、ではその興味を削いだ原因は ? ・・・・  いくつかあると思いますが、一つは,過干渉のお母さん,又はその子を養育している人の指示のせい。もう一つは,型にはまった超早期教育を受けてしまった・・・まさかと思われる方もおいででしょうが,昨今結構こうしたことが起こっています。またもう一つは物にしても機会にしても与え過ぎで子どもの中身が飽和状態になっている場合。何にでも興味を示し驚く程の早さで成長していくはずの幼児にブレーキをかけてしまっては勿体ない !  一つの物差しとして子どもの興味の示し方には注意を払いつつ子育てなさることを勧めます。

2007.4.10. Vol.55

いよいよスタート・・・

 4月六日からいよいよパルの授業がスタートしました。今日は4月十日,リトルのクラスは先週の金曜日に始まって今日が2回目です。前回はお母様方にオリエンテーションを聞いて頂いたりしたために、子ども達は始めからおしまいまでお母さんと別れずに過ごしました。今日がお母さんと別れて過ごす初めての体験です。結果は,十二人中男の子と3人女の子が一人泣きました。勿論お母さんと離れることの不安が原因なのですが、でも実にあっさりしたもので

遊びの楽しさにまぎれてあっという間ににこにこで過ごしていました。それというのもきょうのメンバーのうちの九人がプレイリトルで過ごしたこどもたちだからというのが大きな要素です。 ( そうはいっても泣いた男の子3人はプレイリトルの仲間だったんですけれどね )  

 それにしてもみんなたくさん体を使って楽しく遊べましたよ。プレイリトルの時はお母さんと一緒だったので、なんとなくお母さんに依存していて自分から自発的に取り組むという気持ちに欠けていた所があったのですが,今日はそうした裏腹な気持ち ( 遊びたいけどお母さんも気になる ) を払拭して思いっきり遊んだ初めての経験をしたのではないでしょうか。こうしてお母さんと繋いだ手を少しずつ離すことが出来ていって、子ども達は自律していきます。人任せの気分が抜けていくに従って,自分の置かれた環境や目の前に提示された物事にしっかりと焦点を合わせて意識することが出来るようになりますし,ということは人とのコミュニケーションの取り方が上達していくことを意味します。

 粘土をしたり、紙をチョキチョキ切ってお弁当を作ったり,みんなで電車ごっこをしたり,両手にマラカスや鈴を持ってダンスを踊ったり,とっても中身の濃い時間だったと思います。きっとお昼ご飯を食べた後はぐっすり昼寝でしょう。さあ、私は次の金曜日に向けて準備を始めます。お母さんを忘れられる程楽しい活動をたくさん用意しなければ !  そうして過ごすうちに信頼が築かれて子ども達は納得してクラスの活動を自ら選ぶようになります。リトルクラスのお友達,今年1年思いっきり楽しい事して遊ぼうね。きっと心も体も大きくなるよ。ゴールデンウィーク明けにはお母さんと子ども達とみんな一緒に植物園に遠足に行きます。五月晴れの空の下は気持ちがいいですよ。

2007.4.5. Vol.54  今年度初のひとりごとです。

 あと二日で新しい一年間が始まろうとしています。お休みに入った時は,

たっぷり時間があるから色々なことが出来るぞと意気込んでいたのに、あっという間に日は過ぎて,まだアレが済んでいないとかこれもやっていないとか

お尻に火がついてしまいました。でもカリキュラムだけはじっくりと見直しをして,例年以上にしっかりとしたプログラムになりましたよ。ひとつひとつの授業の構成も様々に工夫して何時もよりもっと良い中身を,と張り切っています。今年はどのくらいひとりごとを発信できるでしょう。いつもいつも有言不実行の私ですので,またここで勇み足発言は控えることに致します。のんびり、でも頑張って続けさせて頂ければ幸いです。

  さあ,明日から頑張ります ! どうぞ宜しくお願いします。